「職業選択の自由」

って話題から夫が「たとえばこんな仕事」と
言いだしたのが「どんぐりを割る仕事」

このあたり息子がスタッフブログに書いてるんですが

「やろうと思えばどんなことでも仕事にできる」
というあたりから出たんですが

当然息子の反論が出ました
「それで金をもらえるのか」です。

夫曰く
「経済的に成り立つかはともかく
それで食えればいいわけだろう?」
ということで

たとえば「どんぐりを割る仕事」を
パフォーマンス的に発展させ
その割る姿が人に感動を与えるとかで
支援者が出るとかでも有りじゃないかと

んー
まーそうかなぁ…とつい頷きそうになる私

と、このあたりからさらに話は広がって
「床を踏み鳴らす仕事」とか
「本をめくる仕事」とか

「床を踏み鳴らす仕事」は
てっきりネズミとかおっぱらう仕事かと思ったら
「舞台上で床の硬さと踏み鳴らす力の加減で
打楽器的に展開できるじゃん」(夫) とからしく

「それじゃタップダンスだ」と息子が言えば
「それはダンス。こっちは音楽演奏に近い」と一蹴

「でも本をめくる仕事なんか
需要がないだろ」と息子突っ込めば

「ドアを開ける仕事が成立しているんだから有りだろう。
俺が研究者で作業中に調べ物の〜についてのページを出してくれ
っつったら即出せるとか言うなら雇いたい」と夫

「それハードル高すぎ!」と息子

「仕事ならそこ目指すべきだろ」と夫と私ハモる

「息子 、君「どんぐりを割る仕事」本気で考えたらどうよ。
それで食べていく方法を見つけられたら
どんなことしても生きていけるわ
うちの仕事がアレレになってもだいじょーぶ!

「どんぐりを割る仕事」でなくても
おとうさんの言う意見を取り入れれば
職業選択の自由の選択肢がぐんと広がるんだよ!」と私

「広げすぎだろ!
かえって大変になるわっ!」息子

「おいおい
おまえ頭固すぎだろ」と夫

「そうだよー」

「…いや、俺は普通に生きていければいいです」息子

と、この話しで小一時間盛り上がりましたよ。

そんで「普通に生きていければいい」と言った息子ですが

「ところでさ、割ったどんぐりの中身はどうすんの?
もったいないから、なにか活用した方がいいよね?」とか
言いだしたあたりで、君ねなにか気がついた方がいいよ。
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