Facebookでお知らせしたのですが
闘病中だった母が亡くなりました。

私の実家の事情もあって
家族のみに近い見送りをいたしました。

しかも86歳ですから
(先日ブログに85と書いたのですが86になっていました)
母の友人知人、親しかった親族もみんな高齢で、
連絡は入れましたが来ていただくにも難しい方も多かったです。

そして、実家だった家は既に無人なので
わが家に連れて帰っています。

お悔やみの言葉をたくさんいただいて
ありがたく、うれしく思っています。

母が亡くなったことをブログにアップするのは
どうしよう…と考えたのですが、
闘病の間のことなどをこちらのブログにもアップ
していたので書いておこうと思いました。

実は母の死は告知されていたこともあり
覚悟はしていたのもあって悲しむよりも
「お疲れ様。あっちで父さんと仲良くね」
という気持ちです。

母70代の頃には「死ぬのが怖い」と言っていたことが
あったのですが、80近くのある時ふっと

「もっこ、かあちゃんな、死ぬのが怖くなくなったわ」
というようなことを言いました。

「そうなん?」と聞けば

「この間まで死ぬのが怖かったんやけどな
急にな、あー死ぬのは怖くないって思ったんや」

なにがあったとかハッキリした理由はないそうなんですけど
これ聞いて私も「そうだよなぁ、みんな行く道なんだよなぁ」
と思った記憶があります。

それもあってか、母は本当に穏やかに逝きました。

実を言うと出張の前日22日に緊急入院したのですが
意識はがハッキリして落ち着いた時
側にいた私にパクパクとなにか言うので
聞いていたら「しごと」というじゃないですか

少し前、仕事の方が大変でと母にこぼしたことがあって、
どうもそれを言っているらしく
(後でうちの息子や施設長さんからも
母がうちの仕事を気にしていたと聞きました)

「ああ仕事ね。がんばってるから!
明日から出張だし、ガッツリ取ってくるから!」と言えば

ニヤッと
 
ほんっとーーーにニヤッと笑ったんですけど
 
そのやり取りが私と母との最後の会話でした

おそらくすぐどうこうならないだろうと言われたのもあって
思い切って出張へ行き
出張から戻ったその夜に容体が変化して数日後母は亡くなりました。

悔しいのは、母との最後のやり取りが娘的に
かなりかっこいいと思ったことで
自分のこの先のハードル上がったなぁと(笑)

というわけで、まだいろいろとやることは多いのですが
仕事の方も昨日から少しづつ戻していくように動いています。

ちなみに、母の件について少し書いたブログ記事がこちらです

余談ですが…
闘病をきっかけに孫であるうちの息子が病院の付き添いや
話し相手を担当してくれていたんですけど
かつて「子どもは苦手だから」と言っていた人が
孫にデレている姿は娘の私からは想定外の展開でありましたし
きっと一番驚いたのは本人だったのでは。
でも今は大好きな父に会えるのを喜んでいることと思います。 
46