ちゃんとモト

「福田素子」は「幹」と「モト」夫婦二人のペンネーム。 ここは二人で管理するブログです。
マンガ絵日記、趣味のイラスト、ねこ話、もちろん仕事のお話も。

2013年08月

去年母が倒れ施設に移ることになって
実家の猫たちのことを引き受けることになり、ここでちょこちょこ出てくるタマが
我が家に引き取られたわけですがこのミーは実家に残っています。
20130824.jpg
駐車場で涼を取るミー(夫がこっそり撮りました)

ミーはタマの母猫。ミケでカギしっぽ。

私の母であるフサちゃんを説得して避妊手術は済ませています。
が、とてもケージ飼いできるコではなく
それ以前にフサちゃんの手を借りずに捕獲は無理。
警戒心強いし、賢いし、猫らしい猫。

約一年、アシスタントのかずちゃんに手伝ってもらいながら実家に通い
猫達のご飯とトイレの片付けをしていて
半年頃から遠くからこちらの様子を伺うようになり
その後、車の音を聞きつけてか行けば現れることが増え

今日は、目が合うと「ちょっと、なにしてんのよ。私のご飯がないじゃない」と
ハートで訴えかけてきて、私を台所(ネコエサの置き場)まで誘導。
少し先を歩き、止まって振り向く×繰り返し。

その後、満腹になったら私には目もくれず去っていく。

いや〜、ミー、それでこそ猫ですわ〜

とてもタマの母親とは思えませんわ。
それとも猫でも母は強しってことなのでしょうか。
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バーネットの「小公子」
小学生の時の少年少女世界名作全集とかってので出逢った時に
多分、私の考え方のすんごい奥のところにはまった本。
「小公女」じゃないの「小公子」の方。
「こんな出来すぎな子いないよ。」とか「キレイ事過ぎる。」とかって
言われることもあるようですが、私的には「いたっていいじゃないさ」です。

少なくともこれを読んで、ややささくれていただろう小学生の私の心は
ちょっとだけキレイなところを作ってもらった。

それからも、数年に一度はふと思い出して読んでいた本。

後から思うと気持ちがへばったり、ささくれていた頃に読んでいたんじゃないかと。
読んだ後、くじけかけていた気持ちがむくりと起き上がる感じになっていったなぁと思うから。

ある時夫と本の話をしていて、
村岡花子さんの翻訳本の「小公子」が好きだと言う話から「翻訳者で随分違うよね。」という話になった時
「だったら色んな翻訳のものを読んでみたら面白いかも」と言われて
いそいそと集めて読みましたよ。
お話しそのものは変わらないのに、選ぶ言葉でこんなに違う!と面白かった。
その時に買った「小公子」
左手前の本、翻訳者「川端康成」ですよ!すげっ!
ちなみに一番右奥のやつは英文のですが、これは…これは…
楽しめるには私の問題が…むにゅむにゅ…

そして、そろそろまた読もうかなと思っているところ。
セドリックに会ってこようっと。
写真-46
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以前とある雑誌から、うちがいただいた描きおろしの連載作品。

ページこそ少ないのだけれど、ほぼ再録本となった雑誌の中にありました。

名前だけで集客できるような作家でもないのにいいのかなと
依頼があるたびドキドキしていた。
そんなある時、編集さんが言った言葉。

「限られた予算の中でせいいっぱい
再録でも作品のチョイスで面白い雑誌を作ろうと思っていますが
この描きおろし作品が今のうちの良心です。」

ガンッと来ました。

すんごい重責。
でもありがたい。
その言葉に応えるようがんばろうと思いながらやってきていて。
残念ながら休刊を迎えた時に、申し訳ない気持ちでいっぱい。

せっかくもらったページで少しでも貢献できればと思っていたけど
少しでごめん。って。
いっぱい貢献できるような作家だったら違ったのかな。
そんなことを考え始めたのも、最近アレコレ始めた理由の一つ。
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Facebookを始めました。
そうしたら、登録してない人が見れないってことが判明しました。
んじゃどうしようと考えていたらFacebookページってのを作りました。

福田素子Official Facebookページ
https://www.facebook.com/f.motoko

これ、登録とかしていなくても見れるようです。
ここで書いたブログ記事もシェアされるのと、スタッフブログも載ってます。
そんで、新着お仕事情報はあちらで更新する予定です。
よかったら覗いてやって下さいませ〜

作ったはいいけど、問題は
よくわからないことに出くわして「アレ?」「アレレ?」となりまして
「こうかっ?!」「違う?こう?」とかやってたら
やろうと思ったことにならないという…

いんです。想定内だから。

ただまあ、後で「ああすればよかった」と思うくらいなら
やれそうなことやっておこうかと。

女性誌の編集さんたちとの会話で「ひじょーに厳しい」ってことをよく聞くし、
漫画雑誌そのものも「ひじょーに厳しい」ってことらしいし
だからってある日突然の休刊を告げられるくらいなら
声は小さいけど「読んで〜〜」「マンガ面白いよ〜」
「面白いもん描くようがんばるよ〜〜」と言ってみようかなと。
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その2 

もう時効だよなということで…
「橘屋繁盛記」がシリーズ連載になり、コミックスも3巻まで出た頃
当時の編集長から企画物の打診がありました。
原作付きの戦争物。なにかメディアミックスとからしくその中の漫画を担当してほしいとのこと。
実は戦争物は避けてきたジャンル。
それは「わかったような」風に描けないと思って。

でも「ことさらに戦争の悲惨さを描かなくてもいい。」とか色々と話し合いの末
引受けることになりました。

その時に「あの〜橘屋の連載はどうなるんでしょう」と聞いたんですよ。
そしたら「アンケートもいいし、終わりじゃなくてお休みということで、
半年戦争物をやってもらって、その後復活してもらうから」
ニッコリと言い切る編集長。

「あ、よかった。じゃあ」ホッ

そして半年を過ぎる前その編集長は移動となり
聞いていた件は(メディアミックスの話しとか、約束のページ数とか)
どこへやら。

しかも、新しい編集長は戦争物が終了となった後の橘屋再開については
「リニューアルするから、これを機会に終わりで。」とサックリ。

「えっ!なにそれっ?!」まさかの打ち切り!
しかもアンケート悪いとかでなくっ?!

もうね、信じらんないってやつです。

当時、リニューアルという理由でうち以外のいくつかのシリーズ連載作品も打ち切られたそうです。
その中には読者としての自分が好きな作品もあったんで、すごくショック。

でも、別の出版社の編集さんから「リニューアルの時とかあるね、そういうの」
「雑誌カラーを変えたいなら、それまでの雑誌のカラーが強い作品を無くすってやつ」
と聞いて「なるほど」と…
納得いくと言い切れないけど、納得させました自分を。
正直シリーズ切られたってことで新しい企画を出してってことになって
納得いくとかいかないとか言ってられない状況だったもんで。
結果始まったのが「コドモのお医者」って作品なんですが、それはまた別に。

ともかく、橘屋は最終回がないまま終了ということになったわけです。
まあ読み切り連載だったからね…クスン
当時コミックス3巻まで出してもらっていたけど未収録が残ったまま。
そして「橘屋繁盛記」は資料からなにから引き出しの中へ…

それが復活したのは別の出版社の別の雑誌で
「シリーズ物の企画を出して欲しいです。感動物で」と言われた時に
ダメ元で「これを感動的に描きますから!」と「橘屋繁盛記」の企画を出したところ
なんと出たんですよOKがっ!

うひゃ〜〜っ 言ってみるもんだ〜〜っ!

そういうわけで「新・橘屋繁盛記」が始まったわけです。
おかげさまで反応はよかったようでその出版社から新装版で絶版になっていた
「橘屋繁盛記」のコミックスも新装版で出してもらえて
さあ「新・橘屋繁盛記」もコミックスを…と思っていたところで出版社が倒産してしまいました。

あああ…

んでそこから数カ月後。
倒産した出版社から雑誌名は残り、新たな出版社から出ることになり
そこの編集さんから「「橘屋繁盛記」をそこで連載しませんか。」と。
もちろんありがたくお受けしました。
タイトルは「続・橘屋繁盛記」となり、現在も描かせていただいていると。
(でも、こちらではコミックスにはならないのです)

長い長い旅をして(ほぼ20年)こうやって描かせてもらっている作品があることは
ありがたいことだと思います。

ちなみに「突然の打ち切り」とか「編集長の意向」とか
そりゃショックではありますが、漫画の仕事でなくても誰でもなにかあるわけで
ただ、そういうことがあっても結局描くしかないんだよなぁ…と

そんなわけで、いつなにがあるかわからないなら
後悔ないように描かせてもらおうと思うのでありました。

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初めてのシリーズ物となったのは「橘屋繁盛記」という作品。
東京浅草にある「人形焼」の店を舞台にした3人姉妹と頑固親父
そして天然な母とのファミリー物。


初めての前後編。合わせて100p
当時はもうバクバクでした。
最初は風呂屋を舞台にしようとか思っていたんですけどね
なんでか「人形焼」
しかも私、生まれも育ちも大分の田舎の方で東京を舞台にとか
想像してなかったんだけど(^^)

でも相方が東京生まれで高校入る前まで東京に暮らして
そんで、そこの下町での話を色々としていたもんで
なんとなーーく「東京下町」が浮かんできたりして。

そして、私んちが田舎の商店街だったんで
「下町の商店街」ってことになっちゃったんですね(単純)

結果としてありがたいことにアンケートは取れました。
でもその次を描く予定なんてなかったんですわ。
数カ月後、作家さんが急病で急遽代原が必要になり
それがうちに回ってこなければ。

「この間のあのお話絡みで描いていいですか?」
今で言うスピンオフってんですか?
主人公の両親の若いころの話を描きたいなぁと思っていたんですよ。
そうしたら「急な依頼で時間ないんで、それでいいです」ってんで通った。

それが載ったら、受けがよかったと言われて「わーい」とか言ってたら
次の仕事が入る時に「「橘屋」をシリーズ化しましょう。」って。
「うそ!ホント?!」ですよほんと。

こんな風にシリーズ化となった橘屋を、
その後20年経っても描いているなんて想像もしなかったです。

ただし最初に連載した雑誌と今連載しているのは雑誌名も出版社も違う本。
しかも、途中もう1つ違う雑誌(これまた出版社も違う)を経ているという複雑さ。
それには2つの「そんなんあり?」という事情があるのでしたが
それはまた次に。(続く)
20130819.jpg
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この間、書いたことと関係あるんだけど
見本としての大人の種類って自分の生き方にすごい影響あんだよなぁと思うことは
年齢重ねるごと、節目の選択の時によくありました。

多くの見本の中から自分が手本にした女性たちを思い出し、
今の自分はどうだろうとふと思うと
「手本にはなれないかもしれないけど、マンガ好きでおバカちゃんでもなんとか生きていける」
というサンプルの一つにはなれるかと。

サンプルは多い方がいいしね、それだけでも役に立つって思おう。
…とかなんとか思ったりした日曜日であります。

写真はなにか思っているのタマ。

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