ちゃんとモト

「福田素子」は「幹」と「モト」夫婦二人のペンネーム。 ここは二人で管理するブログです。
マンガ絵日記、趣味のイラスト、ねこ話、もちろん仕事のお話も。

2013年11月

マンガ教室の日でした。

子どもたちとマンガの話したり
みんなの絵を見たり
お絵かきしたり
イベントの打ち合わせしたり
おやつ食べたり(^^)

「いつでも、気の向いた時に」式なので
毎回生徒さんの人数とかメンバーが違います。
(もちろん、レギュラーの子とかはいますけど)

そんなわけで、学校行事やイベントと重なる時など
すんごく人数が少ないことも。

実は教室を開いた当初、ほとんど広告とかしないでいたら
来る人が一人二人という感じで
夫と二人で「誰も来ないで数ヶ月続いたら閉めるか(^^)」と言っていたら、ポツポツと人が来て。

どんどん増えるかと言えば、実際は進学とか卒業とかいろんな理由で来なくなる子もいて
人数はかなり変動があるんだけど
 
月に一度だけお小遣い持って来る子や
仕事していて土曜日の休みが取れたからって来る子や
今日なんか一年ぶりに来た子がいて
帰り際「じゃあ次は一年後に」って言ってたので

そっか、じゃあ一年後にも教室はやっていないといけないね
…と、帰りに夫とそう話す。

来年、大学で遠くへ行く子たちも
当たり前に「長期休暇には来れるから」と言っていて
本当のところ、忙しくて来れなくても楽しく過ごしていればいいと思っているんだけど、そのためにも「いつでもある」って場所じゃないとなぁとも思う。

教室があった日はいつもそう思う。
そうして5年、あっという間。

きっと来週もそう思って
「今日は誰が来るのかな」って教室を開けるんだよね。
うん、きっと。 

私って対外的なスキル低いからマンガ描いているんじゃないかなと思うことがよくあります。

というのも、リアルなやりとりの中で上手く伝えられないものや、自分で持て余す感情をマンガでだと描けるような気がするから。

そもそも最初にマンガを描き始めたのは幼稚園くらいで
内容もその時々の言葉にできない感情を絵にして、それにブツブツとセリフをつぶやいていた記憶だったし…
そう思うと半世紀近く経った今も変わらないという恐ろしさ。

ただ、年齢がいくと、対外的にまとうものも必要になるわけで
私がちょくちょく「大人に擬態」とか「大人のフリ」とかってやつなんだけど、それ必要で実行するけど…

なんだか「自分誰だ?」って気分になる時があるんですわ。

で、自宅に戻ってマンガ描いて読んで、夫と馬鹿な話して自分に戻るって感じ。ホッ。

平素はそれでなんとかなるんですけど、
年に何度か、その「対外大人」ってかぶりものを被ることが続く時、ちゃんと自分に戻る感触がないっていうか…
そうすると、なぜかネガになると。

昨日はちょいとまずいなと思ったんで、
今抱えている諸々を思考から外して棚に上げ
夜はちょっと落書きしてみたりして。
そしたら段々戻って来た感。
うんうん。落書き楽しいよ〜♪
そいえば、最近仕事以外のお絵かきしてなかった…
落書きして落ち着く自分にホッとする。

ホッとして仕事に戻って伝えたいことを描いていく。
よかったよかった。ちゃんと私だ。

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今の私に取って重要度高いのは一番原稿

そして、私的にそれより全然重要度低いのに
生活的には大事なことに忙殺されることに

夜、疲れた脳みそで仕事は遅々として…

 
ここの所、これが連続しているので
なんかこう…うわーんと叫びだしそうな気分で 
うわーんとは言わなかったけど夫ににちょっと泣き言(?)

そんでまあ、このままで来週の〆切りに突入しちゃ
まずいよなーと思ったのでとりあえず


波立つ脳みそ落ち着けます
(どんな脳みそだよ↑) 


思うんですけど、なにが難しいって
自分コントロールが一番難しいです
一番思い通りにいかないもの…自分

上手に楽しむというのは
非常にハードルの高いものです

近年気がついたことですが
「楽しむ」は「良い」イメージのように語られながら
実のところ「楽しむ」ことに対してネガティブなものを
刷り込まれているように感じます。

『勉強終わって遊びなさい』
『遊ぶのはやることやってから』
『遊んでばかりいたら、ろくなことにならない』
『好きなことばかりやっていられるわけないでしょ』
『人が大変な時に自分が楽しむなんて悪い』

これって良く聞くフレーズじゃないですか?
親が言わなくても、当たり前に耳に入ってくるフレーズ。
小さな頃からずーーーっと聞かされてくるわけですから
そりゃもう、染みこんじゃいますよ。

そうして大人になって、ちょっと自分のお楽しみ…ってのに
『〜したごほうび』とかって、なんとなく言い訳つけたり
『がんばったから、遊んでいいよね』って
誰ともなく問い合わせたり。

仕事が大変な時期だと、ヘラヘラしていちゃいかんだろうとか。

楽しいなーと思って時間を過ごして、その後に
フッと罪悪感を持ったりとか。

…ってコレ↑以前も書いたけど
書いたけど、まだ拭えないのよーーーっ!

でもさー
自分が楽しむができないとさー
他の人の楽しいがうらやましかったり
ねたましかったりするようにならないかなー
って思うわけですよ

私は自分そうなる気がするね

そんでそんな自分がすげーイヤだなぁって
落ち込むに千ルピー(古い…)


だからね
「楽しむ」 大事
「遊ぶ」  大事 

刷り込めよ>私!

だからね
「楽しむ」 大事
「遊ぶ」  大事

子どもたちに繰り返し言ってるよ 
みんな上手に遊べる大人になれよー


 

…この件について私、この先何度も書くんだろうなぁ… 

特別な才能ないと自覚あるから
残っていくためになにがいるのかなって
いつも考えて描いているんだけど
多分きっと答えは出ないんだよなぁ

時々ドコンと落ち込む時があって
自信ない病が出てくる私に
相方がサクッと言いました
「まあ才能とかってのはないかもね」

はうっ!(直撃かよ)

「ない才能とか、わかんない可能性とか
そんなものに自信もてなくても当然だと思うけど
今までやってきたことだけは事実なんだから
自信持っていんじゃね?」


とかって会話があったりして

こうしてうちのマンガのネタができるというお話

若いころいろんな仕事をやりました。
お好み焼きも焼いたし、カウンターにも立ったし、
ファンシーグッズも売った。
そんな中で営業の仕事も2つくらい。
飛び込み営業と保険営業。 
いやー営業の仕事ってのはアレです、肉体疲労もですが
精神疲労半端ないです。
ものを売るってのは大変なこってす。

それでもマンガの仕事して自分ちの企画とかを売りに行くのは
いっぱい断られながらいくつか買ってもらうという感じでやれているんですが 、自分ちの本を売るってのはなかなか難しいものです。

なんの話かっていうと
今日コミックスの告知記事をアップしました…って話です。

実はちょっと前までは描き手は描くのを一生懸命やるのが仕事で
できたものを売るのは出版社さんの仕事なんだと思っていたところがなきにしもあらずでした。

しかし、今回は久々のコミックスではあるし
いつも描いているのと違うジャンルの作品だし
せめて気がついてもらうだけでもと、ささやかながら
コミックスの営業活動とやらをやってみています。

といっても地元書店さんに回ったり
いつもより多く人に声かけたりとか、地味ーな活動なんですが。
そうしながら改めて「営業」ってのは難しいと思う反面
その反応が返った時のうれしさってのがダイレクトだなと感じています。
そういうわけでブログでもアップ。

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↓ これ、販促用に描いたイラスト
スクリーンショット2013-11-25


 

タイムアタック



「時間が足りない病」は進行性のもののようです。
日々年々足りなくなっているようです。

そんなもんで、時間のやりくりの1つとして
私がやっていることの一つが食事の支度の短縮化。

そのためにやっているのがタイムアタック。

たとえば「カレーとスープとサラダの完成までの時間予算は30分」と決めると時計を睨みつつスタートするわけです。
よく聞く「心地良いリズムのまな板に乗る包丁の音」とかってんじゃなく、ハッキリ言って「突貫工事」
(ちなみに昼ごはんの時間予算は15分。
予算取れない時はほか弁ですわ)

そうして最近はさらにいろんな時間短縮できないかなぁと考えていて
ハッとひらめいたですよ。
「夫!私他のこともタイムアタックやるよ!
洗濯物とか、メールの返信とか、いろんなものを時計睨んでよーいドんでやってみるよ!そうしたらきっとー」

「そうしたらきっと、あんたドンドン暴走して、とんでもないことしでかすからやめて」とサクッと止められました。

「とんでもないこと」…
夫の頭の中で私はどういう認識されているんだろう。

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