「福つなぎねこ展」をスタートする前に夫が言ったこと
「売れることが目的じゃないし
価値じゃないことは忘れずにな。
作品に出会ってもらうこと。
作品の力を感じてもらうこと。
そのよろこんだ人の言葉を作家の方に届けること。
そうして、みんなが幸せな気持ちになった結果が
猫たちの支援という形になっていく…
を目指すこと。了解?」
「ラジャ!」と私
それは商業ベースやスポンサーありきではできないことだから
なおさら意識しようと思ってスタート。
でも
そう思っていながらも
ふとした時に「集客」や「売れる」が
「いいこと」や「価値」の基準になっていることに
染められているなぁと感じることがあって(苦笑)
正直言って、平日はほんとうに人はパラパラ
アトリエに来たことある方ならどのくらい田舎で
どのくらい交通の便が悪いか
うんうんと頷かれるのではないかと。
イベント期間を長くしたのもそれが理由。
都会のイベント一日で集める人を二ヶ月かけて集める
…かも怪しいけど(笑)
だからじゃないけど、時々
「作家さんがこんなに参加してくれているのに
集客ができずに申し訳ない」とか
「都会だったりすればこれ即
誰かのところにお迎えされるよね」
とか思ってしょんぼりになりかける私。
その度に夫の言葉を思い出して
( ゚д゚)ハッ!「いかんいかん💦」
そうして一ヶ月ほど経った今。
お迎えはまだなくとも
たくさんの方の気持ちを動かしている作品があること。
一言感想を投げられることの多い作品のあること。
ある日「この作品の猫ちゃんと目があった」
という方と作品の出会いがあること。
作品のある空間が確実に人を幸せにするということ。
言葉ではなくリアルに知って感じて
「すごい!」と思っています。
それであってなのか
それだからこそなのか
度々そういう「すごい」に出会って
「数字の正義」にとらわれていたことが
かなり薄れていっている私
あとですね、当初から思っていた
「気持ちだけでも参加したい方が
参加できるようになったらな」が
叶っているような感触。
「こんなことがありました」を
「よかったね」と伝えてくださる。
よろこんでくださる。
これほんとうれしいです。
ありがとうございますです。
てなことを
ここんとこすごくお伝えしたくて
書いてみました。
ちなみにねこ展を開催するにあたって
私が知り合いの作家さんに声掛けした時に
言っていたのは
「集客は見込めません。
でもやろうと思うのです。
参加していただいてメリットあんまないかもです。
それでも楽しくやれると思われたら」
というひどい誘い文句。
それに「いいですよ~」と言ってくださった方が
今回の参加作家さんたちです(すごいー)
「気持ちだけでどこまでやれるかな」
まだあと一ヶ月ほどあります。
アトリエで猫愛あふれる作品たちとお待ちしています。